おながわ布ぞうりについて

 2011.3.11、大津波に襲われた女川町…その被害は報道されている通りです。
 直後から、全国、いや、世界各国の皆さまからの支援物資が届き、私たちはどんなに助けられたかわかりません。心から感謝しています。
 けれど…しばらくしてから、こんな報道が出ました。 

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支援の古着、余って山積みに…やむなく廃棄も

東日本大震災の被災地に支援物資として送られた古着が、引き取り手のないまま集積所に山積みとなっている。
 必要量をはるかに超える善意の贈り物に、宮城県女川町はやむなく廃棄処分を始めた。岩手県の被災地でも事情は変わらず、今度は毛布やおむつの在庫も目立ち始めるなど物資支援の難しさが浮き彫りとなっている。
 支援物資の集積所となっている女川町立女川第一中学校の体育館。片隅には、避難所から送り返されてきた衣類が入った段ボール約200箱が積み上げられていた。その一つを開けると、着古したセーターやズボンが押し込まれていた。中には黄ばんだ下着や油まみれのつなぎもあった。
 「せっかく寄せられた善意でも、着る人がいなければ仕方がない」。同町職員の木村公也さん(51)は申し訳なさそうに話した。同町では、全国から送られてきた古着の約8割の引き取り手がないため、4月中旬から計7・7トンを廃棄し、一部は民間のリサイクル業者に引き渡した。
(2011年4月30日13時56分 読売新聞より転載)

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 この報道に、一部の支援者の方々は不快な感情を持たれたそうです。
 それを憂えて、以前から女川町に多岐にわたる支援をして下さっていた「イーガー・女川を支援する会」の水野さまから、当会代表の宮元のところに「この古着を何かに転用したほうがいいんじゃないか?するべきじゃないか?」という提案が持ち込まれました。

 元々手作りが好きで日常的に手仕事をしていた宮元が、どういうものになら上手く転用できるのか色々と考え、結果、「これなら…」と行き着いたのが、布ぞうりだったのです。

 布ぞうりを選んだのには他の理由もあります。
宮元が、大津波で履物を流されて裸足で逃げている人を見たこと…
また避難所の中を裸足で歩いている人を見て衛生面が気になったこと…
そんな思いが重なっての選択でした。

 布ぞうりを作る、と決めてからも、なかなか大変でした。
処分予定の布をわけてもらいに物資保管庫に通い、
また、編み方をどうするか、芯には何を使うか、型をどうやって用意するか…
ひとつひとつ、試行錯誤して決めていきました。

 こうして出来たのが『おながわ布ぞうり』です。
そして、それを製作し、女川のことをアピールするために販売もしていこうという主旨で6月末に立ち上げたのが、イーガーFamilyです。

 会を立ち上げて早々に雑誌のコーナーに取り上げていただいたりもして、全国の手作り好きな方々からたくさんのご支援をいただきました。布ぞうりの材料となる古着のTシャツをはじめ、様々な布、裁縫道具、糸などを送って頂き、中には支援金までも送って下さった方もいらっしゃいました…。これらは、会の活動費に充てさせていただいております。本当にありがとうございました!!(※現在当会は活動資金集めはしておりません)

 そして、当会メンバーが作ったものをお買い上げ下さった方々…
「被災地の人が作ったものだからじゃないよ、可愛いから買うんだよ」と言って下さった方々…本当にありがとうございました!!

 10ヶ月近く、この活動を続けてきてわかったことは、布ぞうりに関しては、売上の中から製作者に製作手数料を分配していますが、手作りのものを販売して、それをメインの収入としてやっていくのは、なかなか難しいものだということです。
 でも、この活動を始めて、日本中の手作り好きな方々から応援を頂き繋がれたことで、私たちの「心の自立」を促してもらった、ということは紛れもない事実で、支えです。

 震災の影響で仕事を失ったメンバーも、だんだんと働き口を見つけ、現在はそれぞれの生活再建を頑張っています。そしてこれからも、ここ宮城県女川町で、復興へ向けた個人の生活を充実させるために、素敵なものや可愛いものを作り、その作品を通して、全国各地の皆さまと繋がっていければ嬉しいです。

 現在は、廃棄予定の物資を使った布ぞうりの製作はしておりませんが、(女川町は2011年12月をもって、支援物資の受付・配布を終了いたしました)『おながわ布ぞうり』は、この会の立ち上げのきっかけになった大切なものですので、これからも、大事に大事に作って参ります。

 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

(2012年3月10日 イーガーFamilyメンバー一同)